ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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1492コロンブス

現在、2年生の世界史Aで大航海時代をやっている。昨日生徒にこの映画を見せた。
大学時代に劇場で見て以来、小生も久しぶり。異端審問や、レコンキスタなども同時代のイベリア半島の情勢も描かれている。
ネットでこの作品のreviewをみたが、あまり評価は高くないようだ。
しかしながら、最近のハリウッド映画よりも時代考証が随分しっかりしており、見応えがあった。映画音楽もヴェンゲリスなので、流石です。

以下出典http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/EB-13columbus.html
1492 コロンブス 1992年/米/156分
【監督】リドリー・スコット【出演】 ジェラール・ドパルデュー

コロンブスの新大陸「発見」500周年を記念して作られた映画です。
コロンブスについては、「楽しい世界史」でも取り上げていますが、この映画では新大陸「発見」以降のコロンブスの苦労に焦点が当てられています。新大陸「発見」は彼にとってゴールではなく、むしろスタートだったわけですね。

●ところで、「発見」といちいちカギカッコ付きにしているのは、それがあくまで「ヨーロッパ人にとっての発見」であったにすぎないからです。「新大陸」という言い方にしても、ヨーロッパ人がそれまで知らなかったから“New World”なわけで、「新大陸」に住んでいた人々にとっては勝手な言い分でしかありません。 この映画が作られた1992年を、スペインは「コロンブス新大陸発見500年祭」として盛大に祝おうとしましたが、ラテンアメリカ諸国をはじめとする各国からの批判を浴びて、「異文化遭遇500年祭」と併記しなければならなかったのも当然といえば当然のことです。「だれがアメリカを発見したかという問題については諸説あってまちまちだが、一方だれがコロンブスを発見したかという問題についてもインディアン諸部族のあいだで侃々諤々の議論がおこなわれている」(アート・バックウォルド『だれがコロンブスを発見したか』文藝春秋刊)というのは一流のジョークですが、その持つ意味については、まじめにとらえる必要がありそうです。

●「だれがアメリカを発見したかという問題については諸説あってまちまち」というのは、コロンブスの「発見」の約500年前から、すでにノルマン人が大西洋を渡り、現在の北アメリカ東北部に上陸していること、また、ジョン・スコルプというデーン人が同じく約20年前に 北アメリカに上陸していること、などが背景にあります。しかもスコルプの場合は、コロンブスと同じように西方に航海することでアジアに達しようとしていました。それにもかかわらず、「発見者」の名誉がコロンブスに与えられているのは、彼を送り出した当時のスペインの国力の大きさと、「発見」後も新大陸に航海、探検を繰り返し、植民地経営に努めていることによるのではないでしょうか。

●ところで、「アメリカ」という名称は、スペイン人アメリゴ・ヴェスプッチの名前に由来します。彼が、コロンブスによって「発見」された大陸が未知の大陸であることを示したからです。コロンブスがもし「新大陸」だと認識していたとすれば、「コロンビア大陸」であり、「コロンビア合衆国」であったかもしれませんが、現実には彼の名は、南アメリカ大陸の一国の名称に使われているにすぎません。

●あまり語られませんが、この映画のもう一つのテーマは、「貴族」対「平民」の対立意識にある のではないでしょうか。コロンブスは、援助を求めるコロンブスを貴族たちは「修道士に拾われた移民の子」と蔑み、またコロンブスも「貴族の夢は美しいが、我々のは罪だと?」と負けてはいません。しかし、結局コロンブスが「貴族」という地位にこだわり続けたのもまた事実のようで。彼が、自分の冒険が成功した時の褒賞の希望として真っ先に挙げたのも「貴族の称号」でした。 植民地経営にしても、「平民」コロンブスがインディオの豊かな生活を「まさにエデンの園だ。改宗させるときも武力を用いず説得したい」、「彼らを尊重しよう」、「略奪や暴行を行う者は許さない」などと対等に見ているのに対し、貴族たちはハナから「征服者」として接していました。

●「大航海時代」の中心にあったのは、いち早く中央集権国家を確立していたスペインとポルトガルでした。国家や王権の強力なバックアップがあってこそ、未曾有の冒険・探検が可能となったのです。ラテンアメリカは、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、そしてコロンブスの3人衆をはじめとする「大航海者 」に続く「征服者」(コルテスやピサロ)によって植民地化されていきます。この両国に次いで、オランダ、フランス、イギリスが新大陸に進出します。北アメリカ大陸は、これらの国々の争奪戦の結果、イギリスがほぼ制覇しますが、それに対して移民たちが反旗を翻し、アメリカ合衆国の建国に至ります。

●「大航海者」たちの航海は、地理学や測量術といった科学の進歩と無縁ではありませんでした。映画では、コロンブスがサラマンカ大学において、教授や聖職者を相手に地球球体説を唱え、異端視される場面が出てきますが、実は当時、地球球体説は、ヨーロッパの知識人の間では定説になっていました。 ただし、当時の地球のとらえ方は2つの意味で誤っていました。一つは、地球が宇宙の中心にあって太陽やほかの星は地球の周りを回っているという「天動説」であったこと。これは、16世紀にコペルニクスが「地動説」を証明するまで支持されていました。そしてもう一つは、地球の大きさを実際よりも小さくイメージしていたということです。つまり、地球をヨーロッパ、アフリカ、アジア(インディアス)の3大陸からなるものととらえ、アメリカ大陸と太平洋を知らなかったということです。ということは、地球をぐるりと西方に進めば、香料や金が豊富にあるインディアスに容易にたどり着くことができる…。コロンブスの航海の目的はまさにこれだったのです。

●なお、彼をアジアに引きつけるきっかけとなったのが、マルコ・ポーロの「東方見聞録」です。コロンブスが西回りでたどりつこうとしたのは、この中に出てくる黄金の国「ジパング」つまり日本でした。第1回航海の際に訪れたキューバやエスパニョーラ島を、彼はジパングだと思いこんでしまいます。また、フランスの枢機卿ピエール・ダイによる「イマゴ・ムンディ(世界の姿)」は、彼がアジアとヨーロッパが近いことを確信するのに大きな影響を与えているようです。

●さて、船乗りクリストバル・コロン(英語読みでクリストファー・コロンブス)です。彼の前半生は、彼自身が触れることが少なかったこともあって、謎に包まれています。イタリア のジェノヴァ出身というのが定説とされつつありますが、ユダヤ人説も根強いものがあるようです。また、いつ頃から「西回り航路」でアジアに到達しようと考え始めたのかについてもはっきりしません。ともかく、彼は、 1483年、まずポルトガルの国王ジョアン2世に自分の計画を売り込みにやってきます。ジョアン2世は、コロンブスの西回り航海に非常に興味を示しますが、財政的理由から援助を断っています。コロンブスはやむなくポルトガルを去り、 1485年には当時5歳の息子ディエゴを連れてスペインのパロスにやってきます。この町でコロンブスは、彼に理解を示す神父や、船隊を出してもいいという 船主らと出会い、彼らの導きもあって、航海の許可を得るため、スペイン女王イザベルに謁見します。イザベルは委員会を招集し、コロンブス案について審議するよう命じますが、委員会はこれを否決します。その背景には、当時のスペインがイスラム教徒に対する国土回復(レコンキスタ)に努めていたため、とてもコロンブスの計画に援助を与える余裕がなかったことがあります。

●しかし、コロンブスにチャンスが訪れます。1492年1月、イベリア半島のイスラムの最後の拠点グラナダが陥落し、レコンキスタが完成するのです。その直後に開かれた委員会はまたもやコロンブスの計画に否定的な結論を出しますが、打ちひしがれてグラナダを去ろうとするコロンブスのあとを追って、女王の使いがやってきます。財務官サンタンヘルの説得により、イザベルがコロンブスを引き返させたのです。その後、二人の間に協約書が交わされ、コロンブスはついに8月3日の出港の朝を迎えることになります。女王を翻意させたサンタンヘルという人は、ユダヤ人の改宗者でした。彼の背後にはジェノヴァの商人たちがおり、彼らが資金面で大きく貢献します。コロンブス=ユダヤ人説はこんなところから生まれているのです。
コロンブスの航海は4回にわたって行われていますが、それはいずれも「そこがインディアスであること」を証明するための旅でした。1506年、失意のうちに没するまで、彼は最後までそこをインディアスだと信じていたのです。

☆増田義郎の名著『コロンブス』(岩波新書、1979年)では、コロンブスと彼の生きた時代の関わりが非常にわかりやすく描かれています。中でも、コロンブスの「終末観」に関する部分は、大変興味深いものがあります。彼はフランチェスコ会と深い関わりがあり、また彼を終始支援したイザベル女王もまたフランチェスコ会の会員でした。フランチェスコ会の強烈な伝道意欲は、聖書に記述されている「終末」論によって裏打ちされていました。「コロンブスは、世界の終末の近いことを信じ、またそのために世界の異教徒の改革を急いでおこなわねばならぬ思いにせき立てられていた」という指摘は、この映画を見る際に(特に後半の植民地経営や布教活動の場面では)大いに参考になるでしょう。
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地動説地動説(ちどうせつ)とは、地球が動いている、という学説のこと。ニコラウス・コペルニクスが唱えた。天動説に対義する学説である。太陽中心説ともいうが、地球が動いているかどうかと太陽が宇宙の中心にあるかどうかは厳密には異なる概念であり、地動説は「Heliocen

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