ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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ルターの宗教改革はメディアのすげ替えである。

1450年にドイツの金細工職人ヨハネス=グーテンベルクが活字による印刷技術の発明(改良)した。
グーテンベルク以前の文字による情報伝達手段は手書きか手間のかかる木版だった。
本は原本も写本もすべて手書きである。中世の地中海都市には、手書きの新聞があった。
国王の意志を大衆に伝えるために王に雇われた吟遊詩人もいた。
カトリック教会では、聖書を読めない文盲の大衆に、神父が「神の教えは、かくの如し」と説教していた。
何がこの時代の情報の媒介者(メディア)だったか?=それは生身の人間
王の命令を領民に伝えるために雇われた吟遊詩人とか、神の教えを伝道する神父も情報の媒体、すなわちメディアだった。
16世紀のルターの宗教改革。あれは何だったか。メディア史の観点から見れば、
「宗教改革とはメディア(媒介者)の首のすげ替えである」との答えが引き出される。
当時の聖書はすべて筆写で、いまの金に換算すると一冊何百万円もするお宝本だった。それもラテン語かギリシア語で書かれており、ドイツ語訳がなかった。
言葉の分からないゲルマン人の大衆は、聖書の内容をカトリックの坊さんから伝えられ、もっぱらそれを神の教えと受け止め、信仰していた。
神と人間とをつなぐメディア(媒介者)である坊さんが、聖書に書いていないデタラメをいったらどうなるか。
坊さんたちは、教会の建設資金を集めるため、免罪符という天国行きのニセ切符を販売した。
教会が神のすべてに関する情報を独占していたので、無知な大衆はメディアの指示通り免罪符を買うしか選択肢がなかった。
中世のカトリック教会のこのような行動を、今風に表現すれば「メディアの横暴とその弊害」ということになろうか。
ドイツの大学の神学部教授だったルターはこれに強く反発した。
「聖書こそ、神の教えを伝える唯一の拠り所である」が教会批判の根拠だった。神と人間をつなぐメディアは教会や神父ではなく、聖書であるという主張であるという主張である。
そのため聖書のドイツ語訳に取り組み、「神父」から「聖書」へと、キリスト教における支配的メディアの改革に成功した。
もしこのときグーテンベルクの活版印刷術がなかったらどうなったか。ルターの労作である聖書のドイツ語訳は大衆には行き渡らず、メディアの改革は成功しなかっただろう。
   
出典:『新聞がなくなる日』歌川 令三 (著)
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