ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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ハーメルンの笛吹き男①

ドイツのちょうど真ん中あたりに、ハーメルンという町がある。
13世紀末、この町で世にも不思議な事件が起こった。この事件は伝説となってのちのちまで長く伝わり、19世紀の初めにグリム兄弟が次のような話にまとめている。

1284年、ハーメルンの町にねずみとり男だと名乗る男が現われた。お金とひきかえに町のねずみをのこらず退治してみせるという。
町の人はこの男と取引の約束をした。そこで男は笛を取り出し、吹き鳴らした。すると、その音を聞いて家々からねずみがチョロチョロ走り出てきて、男のまわりに集まった。
男は町を流れるウェーゼル川に向かうと、ねずみも男のあとについていき、男が服をからげて川の中に入っていくと、ねずみも続いて水にはいり、ねずみはみな溺れ死んでしまった。
町のねずみがみな死んでしまうと、人々は男に金を払うのが惜しくなった。そこで、いろいろな口実をもうけて金を払わなかった。男はカンカンになって怒り、町を去った。
しばらくたって6月26日の朝、いつかのねずみとり男がまたハーメルンに現われた。男の顔つきは恐ろしかった。
やがて男は路上で笛を吹き鳴らし始めた。すると、前のときのねずみと同じように、4歳以上の少年や少女が大勢走りよってきた。合計130人の子供たちは、笛を吹く男のあとをついて通りを抜け、東の門から出ていった。それから遠くのポッペンブルクという山に着くと、男と共に消えうせてしまったのである。
子供たちが帰ってこないのを知った母親たちは、悲しみに泣き崩れた。町の人々は八方手をつくして捜したが、手がかりはまったくなかった。
ハーメルンの人々はこの事件があって以来、年月を数えるには、子供たちがいなくなった日から数えて何年、というようになったという。

ハーメルンで、1284年6月26日に130人の子供が突然行方不明になるという事件が起こったことは、間違いのない事実である。
この不思議な事件の真相については、いろいろな説が述べられてきている。
ドイツのボエラー女史は次のように推測する。6月26日は「ヨハネとパウロの日」という祭りの日であった。この日、ハーメルンの子供たちは、大人と同じように祭りの興奮につき動かされ、ポッペンブルクの崖の上に火をともそうと行列を組んで出かけた。その先頭に、笛吹き男がいたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。子供たちはポッペンブルクにたどりついたが、危険な崖を登っているうち、次々と底なし沼に落ちこみ、抜け出せずに死んだ──。

また、130人は子供ではなくて、集団結婚式をあげたばかりの65組の男女であり、新しい土地を求めて東方植民を行ったのだ、という説もある。13世紀ドイツでは、さかんに東方植民が行われていた。東方植民は、司教や貴族が計画し、請負人に植民希望者を集めさせた。笛吹き男というのは、その請負人のことだというのである。

参照「楽しい世界史」
http://www.actv.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/05_tyusei/05-06_hamern.html
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1284年、街の子供たちが消失してしまう事件が起こった。このことを題材としたのが、グリム童話でも紹介されている『ハーメルンの笛吹き男』とされる。この事件の真相については様々な見解があるが、統一した結論はでていない。1426年にハンザ同盟に加盟し、商工業の発展が進

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