ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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「漂えど、沈ます。迷えど、失わず」

1学期最初授業には必ずこの文章を載せたプリント配布し、読んでもらうことが、ささやかな儀式になっている。まだ新米ですけど・・。
高校の国語教師を退職し、イギリスに来ていた女性からもらった手紙です。

「ある友人からの手紙」
自分が誰で、どこに向かっているのかわからなかった。
例えば「現実」というワクがあって、その中にムリやり自分をはめこむためにお化粧して、スーツ着てやってきた。だけど心はずっと何かを探していた。私はいつも不安だった。だけどそんな自分が嫌いではなかった。生徒に対しても、その''不安''を隠さなかった。いくつになっても理想の自分を追い求めたかったし、追い求めて欲しいと思ったから。 彼らと別れるときに「2002年に再会しよう」という約束をした。

最初に会ったときに、イギリスに来た理由として私が言った言葉を覚えているでしょうか?
私は知ってるの。求めているのはきっと自分の中にあるってことを。真実は自分の中にあるってことを。ただ、どんな時でも、誰の前でもそれをつらぬける私であるかといえば、答えはNO。私は「何者か」になんてなろうと思っていない。私はいつも私。だからこそ、それをつらぬける自分になりなかった。

もう一つ、今の私をつき動かしているものは、やっぱり生徒との出会い。
こんな子がいたの。彼にかかると清掃用具はボロボロ。授業中にカスタネット鳴らしだし、叱れば反抗。小さなナイフを振り回したこともあった。 ある時、廊下の壁にサインペンで絵を描いていたの。何かを風刺したような、とても動きのある絵だった。
私が思わず褒めると、すごくびっくりして。それから彼は自分の夢を話してくれるようになった。絵の勉強をしたいっていう夢。だけど両親は大反対。絵を描いて暮らしていけるか、という理由から。
 これまでに一度だって何かを目指したことのない子が、初めて夢を言葉にした。彼のスタート地点が見えたというのに、誰にそれを止められるだろうか、と私は思った。
 三者面談で、彼の母親に「先生に何が出来るんですか」って叫ばれた。信じて見守ることと、倒れそうな時に軌道修正をしてあげることだけ。それが私の答え。それは親も同じ。
学ぶことって生計を立てるためだけのものではないでしょ?たいていの親がそれに納得する訳がないことも知っているけど。 この子だけじゃない。それどころか夢を口にすることが出来ない子、恐れている子がたくさんいた。そうした時に気がついた。私に出来ることの全てはただ、私もまた、みんなと同じように何かを探しながら、生きている一人の人間であることを隠さないことだって。

 本当に探しているものを見つけるためには何年かかってもいいんだよ。何度私がそう言ってもピンとこないって顔してた子たちも私が教師でなくなる日が近づくにつれ、少しつづ分かってくれるようになった。2002年に彼らは、今の私と同じ年になる。
その時にお互い素敵になって再会しよう。そういう約束。ナイフ振り回していた男は結局、美術の専門学校に進んだ。高校の卒業式は私の誕生日でもあって、彼は私の肖像画をプレゼントしてくれた。
読んでくれてありがとう。アプローチの方法こそは違うものの、同じように何かを探しているあなたの旅が実り多いものであることを祈ります。
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