ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

古代ローマの剣闘士(英語名グラディエーター)

剣闘士となるのは主に戦争で捕獲した捕虜や奴隷が主であったため、剣の奴隷、即ち剣奴ともよばれた。しかし全てがそうであったわけではなく、ローマ市民の中から志願して剣闘士となる者も存在した。戦士共同体社会から出発したローマでは高貴とされる人々の間でも戦いへの関心が高く、元老院議員の子弟や騎士階級に属するものでも剣闘士試合に出場することがあった。
コンモドゥス(マルクス=アウレリウス=アントニヌスの子)はじめ幾人かの皇帝がこの剣闘士競技の試合に出場することもあったという。 帝政期に入ると死罪に相当する罪人が剣闘士試合に出場させられ、見世物としてローマ市民に供されることもでてきた。
剣闘士の戦いは1対1で行われるのが基本だが、時には複数の人間でコンビを結成して戦われることもあった。 試合の敗者が死者となるとは限らない。降参をした敗者は観客に命乞いを行い、観客はそれに対して「殺せ」「助命しろ」と叫ぶ。 さらにその際に拳を振り上げ親指を上か下かに向けたとも言われる。 剣闘士の戦いが勇敢で観客を満足させるものであれば助命され、逆に臆病な戦い方をしていた敗者には観客は冷酷に死を与えることを望んだ。 主催者(多くの場合皇帝)は観客の声に耳をかたむけて最終的な裁定をくだしたという。剣闘士は死ぬまで一生戦わされるということはなく、幾つかの戦いを経て生き残った剣闘士は引退が許され奴隷身分から解放された。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スポンサーサイト

コメントの投稿

URL
コメント
パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://historia1492.blog98.fc2.com/tb.php/40-72492cb9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。