ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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なにがメディチ家を芸術の保護へと向かわせたのか?

花の都フィレンツェのメディチ家は、14世紀末に銀行を創設し、ローマ教皇庁の財務を担うことで、急速に発展を遂げた。
豊富な資金力を武器に政治への関与を深め、フィレンツェの実質的な独裁者へと登りつめた。
そこでメディチ家は、彫刻家ドナテッロ、ミケランジェロ、画家ボッティチェッリ、ダヴィンチなどを保護し、ルネサンス芸術の隆盛に大きく寄与したのである。
しかしなにがメディチ家を芸術の保護へと向かわせたのか?
15世紀のキリスト教世界では、利息を取ることは最も大きな罪と考えられていた。
これは1215年第4回ラテラノ公会議において教皇インノケンティウス3世はキリスト教徒が利息を取って金を貸すことを厳しく禁止したことに由来する。一方この会議で農業や商売につくこと禁じられたユダヤ人にとっては金貸し業が選択の余地のない職業となった。
このようなキリスト教的な価値観が定着していた15世紀、銀行家や富裕な商人は、建物や絵画や彫刻を教会に寄進して、罪を購おうとした。その代表がメディチ家だったのである。
参照「メディチ・マネー」―ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネスティム・パークス (著)

P.Sそういえば映画「ハンニバル」の前半の舞台はおもにフィレンツェでしたね。
監督R・スコットの暗くブルーな色調がその街並みをより、奇麗にしてました。
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