ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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大海人皇子(→天武天皇)によって始められた大嘗祭.txt

☆大嘗祭☆
天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。一代一度限りの大祭であり、実質的に践祚の儀式。大嘗祭を斉行することで、新しい天皇は真の天皇になると信仰された。践祚大嘗祭ともいい、「だいじょうさい」「おおむべのまつり」とも呼ぶ。
毎年11月に、天皇が行う収穫祭を新嘗祭という。その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す新嘗祭のことを、古くは「毎年の大嘗」と称した。当初は通常の新嘗祭と区別されなかったものの、後に即位後初めて一世一度行われる祭として、「毎世の大嘗」「大嘗祭」として重視された。大嘗祭と新嘗祭が区別されたのは、天武天皇の大嘗祭のときとされる。
大嘗祭の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃とされる。律令制が整備されると共に、祭の式次第など詳細についても整備された。延喜式に定められたもののうち「大祀」とされたのは大嘗祭のみである。
延喜式に式次第が定められた後も、多少変化した。室町時代末期、戦国時代には、皇室朝廷の窮乏や戦乱のため、延期または行われなかったことなどもあるものの、天皇の代替わりに伴う重要な祭儀として、古くから継承されてきた。
最近では、1990年(平成2年)11月に、今上天皇の即位に伴う大嘗祭が行われた。日本国憲法に政教分離が定められているため(20条3項、89条)、即位の礼に関わる儀式が国事行為とされたのに対し、大嘗祭に関わる儀式は皇室の行事(私的行為)とされた

☆新嘗祭(にいなめのまつり、にいなめさい、しんじょうさい)とは、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫を感謝する祭儀。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
秋に新穀を供えて神を祭る稲作儀礼である。
飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の御代に復活した。1873年の太陽暦採用以前は旧暦の11月の2回目の卯の日に行われていた。1873年から1947年までは大祭日となっていた。
戦後は、勤労感謝の日として国民の祝日となった。新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となった。
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