ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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日本が外交が不得意な理由。村上龍.txt

引用:村上龍『ハバナモード』p130~131
アメリカ合衆国と大半の西ヨーロッパ先進国においては、個人でも国家でも関係性の基本は対立があるとよく言われる。
一方、日本社会では対立はケンカとか仲違いと誤解されやすい。対立が関係性のベースという意味は、わたしはあなたと違う人間だから、意見の違いがあるのは当たり前だ、ということで、別に喧嘩腰になることではない。日本社会では、集団内における個人の均一性が重要視され、個人は集団にとけこむことを要求することがあるので、関係性における対立という概念が希薄だ。
本当は、人間は誰とでも基本的に対立していて、利害が一致する場合に仲良くなったりするだけなのだが、日本社会では対立があるとそれだけで問題となりがちだ。
対立が個人や社会の関係性の基本となっていないことについては、もちろん良い面もある。良い面の代表的なものは「町内の大掃除」などだろう。日本社会では、みんな仲良く一緒にというのがベース
になっているので、ある集団が一丸となってことに当たる場合には力を発揮する。
サボったりすると仲間はずれになる可能性もあるし、一生懸命働くと集団内で認められたり地位が保証されたりするのでインセンティブも大きい。もちろん軍隊や、工場での単純労働や、企業活動などでも関係性の基本が対立ではないという姿勢は長所として働くだろう。
しかし対立が関係性の基本となっていない社会には弱点もある。その代表が外交であろう。外交は、最初から対立する利害を、できるだけ国益を守りながら調整し交渉するものなので、対立がない社会
はどうしても不得意にならざるを得ない。相手国が自分たちとはまったく違う考え方をする、という基本がないわけで、そういった国には本来外交という概念が必要ではなく、外交が不慣れというより、
わからないといった方が正確なのかもしれない。
   
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