ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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仏の長谷川平蔵(鬼平の実像).txt

「この人足寄場によって無宿人たちは自然と減り、犯罪も少なくなった。
 すべて長谷川平蔵の功績である」「宇下人言」(松平定信の自伝)

18世紀後半の江戸後期、未曽有の危機が江戸幕府を襲った。天明の飢饉である。飢饉は全国で数十の死者を出すだけなく、村を捨て身元不定となった大量の「無宿人」も生んだ。当時多くの無宿人が食糧を求め、江戸に流れ込んでいた。無宿人たちは江戸でも食いぶちを見つけられず、食うに困って窃盗などの犯罪に手を染めていく。幕府は治安維持のため無宿人を取り締まるが、犯罪は跡を絶たなかった。
そこに立ち上がったのが、小説「鬼平犯科帳」で有名な火付盗賊改・長谷川平蔵である。取り締まるだけでは無宿人の犯罪はなくならないと考えた平蔵は、彼らを自立して生活できるように変えることで、犯罪の原因を元から絶とうと考える。そして幕府に願い出て、無宿人を更生し、職業を身につける訓練施設「人足寄場」を設立する。平蔵は無宿人たちのやる気を引き出し、3か月後には第1号の出所者を出す。その後も毎年200人が出所し、無宿人の犯罪は減り、江戸の治安は回復していく。
非常に有能だが幕閣(特に前述の定信)や同僚からはあまり信頼されていなかったようで出世はままならなかったが、的確で人情味溢れる仕事振りに庶民からは「本所の平蔵さま」「今大岡」と呼ばれ、非常に人気があった。平蔵も出世できないことを愚痴っていることもあったが「越中殿(定信)の信頼だけが心の支え」と勤務に励んでいたという。

引用http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2008_02.html
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