ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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旧江田島海軍兵学校にあるネルソン提督の遺髪.txt

海軍兵学校は、海軍機関学校、海軍経理学校とともに生徒三校と呼ばれた。第二次世界大戦後に廃校になるまで、イギリス海軍兵学校(デヴォン州ダートマス)、アメリカ合衆国海軍兵学校(メリーランド州アナポリス)とともに、世界三大兵学校として知られ、当時一高と並び最難関校だった。合計12,433名の卒業生を輩出。
また当校は海軍の兵科将校(一般に戦闘指揮官)の養成校であり、他の職種には別の養成課程が設けられた。江田島といえば、戦前・戦中では海軍兵学校を意味した
採用年齢は16歳から19歳で、必要受験資格は特に無いが、全国から文武両道、男の中の男を自負する優秀な青年が競って志願した超難関校であった。
海軍兵学校は兵科上級将校になるためには絶対に通らなければならない学校であった。
終戦により昭和20年(1945)12月1日、約60年の幕を閉じ、以後の10年間は連合軍が教育施設等に使用してた。
 昭和31年(1956)1月10日返還が決まり、当時横須賀にあった術科学校が同年1月16日江田島に移転し、その後昭和32年5月10日に幹部候補生学校が開校、昭和33年4月1日には術科学校が第1術科学校と改称され、同日江田島病院が開設された。
◎ネルソン提督の遺髪が展示されている教育参考館
幕末から第二次世界大戦までの海軍関係の貴重な資料が収められてる。
ネルソン、東郷平八郎、山本五十六の3提督の遺髪室(非公開)、特攻隊員の遺書・遺品室などがある。
館外の左には真珠湾攻撃に使用された特殊潜航艇、中央には戦艦「大和」の46cm主砲砲弾が展示されています。ちなみに右の小さく見える砲弾は、日露戦争時に東郷平八郎司令長官の座乗した戦艦「三笠」の30cm主砲砲弾。
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