ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

動物園もあった宮殿シェーンブルン宮殿.txt

シェーンブルン宮殿(1693~1918)
オーストリアの首都ウィーンにある宮殿。ハプスブルク王朝の歴代君主が主に離宮として使用した。マティアス帝(在位1612年 - 1619年)が狩猟時にシェーン(美しい)ブルン(泉)を発見した為にシェーンブルンと命名したと伝えられている。
現在同宮殿と庭園群は世界遺産に登録されている。
建物は、あらゆる部屋を合計すると1,441室あり、両翼の端から端まで180mあり、正面右側翼には宮廷劇場がある。 また、広いフランス式庭園を挟んで宮殿に向かい合う丘の上にはグロリエッテという見晴台のような建物があり、ここからは周囲が一望できる(写真はこの丘からの 眺望)。 オーストリアで一番重要な観光資源で、年間入場数150万人。更に公園と動物園や行事での集客数520万人を合計すると年間には670万人が訪れる。 外壁は金を塗ろうとしたところ、マリア・テレジアが財政の状況を考慮し、黄金に近い黄色にした。彼女が好んでいた色というわけではない。

●歴史
1693年 レオポルト1世(在位1658年 - 1705年)が狩猟用の別荘をつくり、歴代の皇帝らが増築・造作を行い、マリア・テレジア(在位1740年 - 1780年)の時代に完成された。ウィーン風ロココ様式といわれている。
1752年 フランツ1世(在位1745年 - 1765年)が宮殿脇にシェーンブルン動物園を設置。1762年 マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットがここに滞在している時、6歳の神童モーツァルトが招待され訪れる。
この時宮殿内で転んだモーツァルトをマリー・アントワネットが助け起こしたところ、モーツァルトが「僕と結婚して」とプロポーズした、という伝説がある。
1805年及び1809年 ナポレオンが司令部として使い、軍隊と共に滞在。
1815年 ウィーン会議がここで開催される。
1916年 皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(在位1848年 - 1916年)がここで死去。
1918年 絶対君主制の崩壊に伴い、政府の所有となり、改装され博物館にも利用。
スポンサーサイト

コメントの投稿

URL
コメント
パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://historia1492.blog98.fc2.com/tb.php/153-32f4ecd5
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。