ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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文化大革命の粛正方法.txt

毛沢東の文化大革命や浅間山事件の連合赤軍の粛正は
「積極攻撃型組織防衛論」という手法がとられた。
内部に敵を作り出して、仲間内でその敵を叩くのである。
そのうち自分もその“敵”にされるのではないかという疑心暗鬼を生み出して味方叩きが強烈になる。

☆文化大革命(ぶんかだいかくめい)
無産階級文化大革命、プロレタリア文化大革命とも言う)は、中華人民共和国で1960年代後半から1970年代前半まで続いた、毛沢東らが引き起こした権力闘争。大躍進政策の大失敗により国家主席を辞任して以降、共産党指導部内での共産主義が修正主義へと後退したと危機感を深めた毛沢東が、国家の路線と権力を再び自らに取り戻す為に仕掛けた大規模な権力奪還闘争である。
政治・社会・思想・文化の全般に渡る改革運動のはずであったが、実際には殆どの中華人民共和国国民を巻き込んだ粛清運動として展開され、結果的に約1000万人と言われる大量虐殺とそれに伴う内戦へと発展、国内は長期間に渡る混乱に陥った。
始めは毛沢東指示の下、劉少奇からの政権奪還を目的として林彪の主導により進められた。林彪の毛沢東暗殺失敗に伴う国外逃亡時の事故死後は、「四人組」に率いられて毛沢東思想に基く独自の社会主義国家建設を目指したが、実質は中国共産党指導部における大規模な権力闘争に大衆を巻き込んだ大粛清であった。
共産党指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、更に学者、医者などの知識人等が弾圧の対象となった。しかし、その後弾圧の対象は中国共産党員にも及び、多くの人材や文化財などが甚大な被害を受けた。期間中の行方不明者を含めた虐殺数は、数百万人から約1000万人(異説では3000万人)と言われ、これで中国の経済発展は20年遅れたと言われている。
時の政権の最高権力者が民衆を扇動して現政権内の政敵を打倒するという、一般の革命と一線を画す前代未聞の暴挙である。
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