ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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「メメント・モリ(Memento mori)」.txt

中世ヨーロッパの時代は、黒死病(ペスト)が流行るなどして、
いつなんどき誰に対しても死が襲ってくるか分からないような時代だった。
そのように死が日常化していた時代、人々は、骸骨、死神などを描いた絵を身近に置き、そこに「メメント・モリ」とラテン語の格言を書き込んだ。
「メメント・モリ」を日本では「死を意識せよ」などと訳しているが、文字通りの意味は「汝もまた死すべき存在であることを忘れるな」ということである。
以上、立花隆氏の寄稿(文藝春秋6月号)より抜粋。

★メメント・モリ(Memento mori)
ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句である。日本語では「死を想え」「死を忘れるな」などと訳される事が普通。芸術作品のモチーフとして広く使われ、「自分が死すべきものである」ということを人々に思い起こさせるために使われた。
古代ローマでは、これは将軍が凱旋のパレードを行なった際に使われた、と伝えられる。将軍の後ろに使用人が立ち、この使用人は、将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない、ということを思い起こさせる役目をになっていた。そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、それを思い起こさせていた。
ただし、古代ではあまり広くは使われなかった。当時「メメント・モリ」の趣旨はcarpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」というアドバイスであった。これの起源は聖書にあり、イザヤ書22:13には「食べ、飲もう。我々は明日死ぬのだから」とある。ただし、この考えは聖書以外で現れている。例えば、ホラティウスの詩にはNunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.(今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ)とある。ホラティウスは、死後においてはそういうことができない、と言うことを示そうとしたのである。これがcarpe diemの古典的なテーマである。
しかし、この言葉はその後のキリスト教世界で違った意味を持つようになった。天国、地獄、魂の救済が重要視されることにより、死が意識の前面に出てきたためである。キリスト教的な芸術作品において、「メメント・モリ」はほとんどこの文脈で使用されることになる。キリスト教の文脈では、「メメント・モリ」はNunc est bibendumとは反対の、かなり徳化された意味合いで使われるようになった。キリスト教徒にとっては、死への思いは現世での楽しみ・贅沢・手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものであり、来世に思いをはせる誘引となった。
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