ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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東郷平八郎は肉じゃがの考案者?

1870年から1878年までイギリスのポーツマス市に留学していた東郷平八郎が留学先で食べたビーフシチューの味を非常に気に入り、日本へ帰国後、艦上食として作らせようとした。しかし、ワインもデミグラスソースも無く、そもそも命じられた料理長はビーフシチューなど知らず、醤油と砂糖を使って作ったのが始まりと言われている。この説を脚色されたものとするものも居るが、牛肉を醤油と砂糖で煮るのは牛鍋や牛肉の大和煮と同様の手法である。ビーフカレーと材料が同じ料理という事で軍隊食として非常に都合が良く定着した。
出典「第3回(2007年9月30日放送)タモリのヒストリーX」

☆東郷 平八郎(1848年1月27日~1934年5月30日)
日本の武士・薩摩藩士、大日本帝国海軍軍人である。本姓は桓武平氏渋谷氏流。元帥海軍大将従一位大勲位功一級侯爵。
明治期の日本海軍の司令官として、日清・日露戦争の勝利に大きく貢献し、日本の国際的地位を引き上げた。日露戦争における日本海海戦でロシア海軍を破って世界の注目を集め、当時の西洋のジャーナリストらは東郷を「東洋のネルソン」と賞賛した。日本海海戦での敵前回頭戦法(丁字戦法)により日本を勝利に導いた世界的な名提督と評価され、日露戦争の英雄として乃木希典と並び称された。日露戦争の際に連合艦隊を率いて行った急速旋回「東郷ターン」を行った。
ホレーショ・ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズと並ぶ世界三大提督の一人でもあり世界の海軍将校からAdmiral Togoとしてその名を知られている。
●神格化と批判
東郷元帥記念公園(東京都千代田区)死後、東京都渋谷区と福岡県宗像郡津屋崎町(現福津市)に「東郷神社」が建立され神として祭られた。但し、東郷自身は生前、乃木神社建立の時、将来自身を祭る神社の設立計画を聞いて、止めて欲しいと強く懇願したが、結局神社は建立されている。また、銅像が長崎県佐世保市の旧海軍墓地東公園と鹿児島県鹿児島市の多賀山公園にある。東京都府中市には別荘地に建立された東郷寺があり、桜の名所である。
晩年において海軍における東郷の権威は絶大で、井上成美は「東郷さんが平時に口出しすると、いつもよくないことが起きた」と述懐している。また岡田啓介・米内光政・山本五十六なども、東郷の神格化については否定的な態度をとっている。
錬度を上げることに熱心で聯合艦隊解散の辞に「百発百中の一砲能(よ)く百発一中の敵砲百門に対抗し得る」という言葉を残している。この言葉が東郷の信念を表すとともにその後の日本海軍の姿勢と限界(後に井上成美は「百発百中の砲一門と百発一中の砲百門が撃ち合ったら,相手には百発一中の砲九十九門が残る」と批判)をも示したものとなっている。
昭和天皇は学習院時代、院長であった乃木希典については印象深く、尊敬もしていると述べているが、東宮御学問所総裁であった東郷については、後年、記者の質問に「何の印象もない」と答えている。
●東郷ビール伝説
長年、ロシアの圧迫を受けてきた北欧諸国では人気絶大で、フィンランドでは東郷提督の肖像をラベルにしたビールが売られていた、といういわゆる「東郷ビール伝説」があるが、実際には世界の有名な提督の肖像をラベルにした「提督ビールシリーズ」の一つで、日本人では他に山本五十六、また東郷と戦ったロシアのマカロフ、ロジェストヴェンスキー両提督も同じビールのラベルになっている。実際はフィンランドで東郷が人気絶大といった事実はない。なお「東郷ビール」の製造会社は現在はオランダ資本に買収されており、同ビールも日本向けにのみ製造されている
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  • 2010年11月26日金
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