ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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小倉が、原爆投下目標となった理由とは?

明治時代、廃藩置県により小倉県が成立し、小倉はその県庁所在地となったが、1876年に小倉県が福岡県に合併されたため、県庁所在地ではなくなった。その後も、北九州工業地帯の中心地として商業のほか、軍需工業が発展した。
特に1933年に建設された小倉陸軍造兵廠は、最盛期には約4万人が働き、銃器や砲弾、銃弾などのほか、風船爆弾も製造した。
このように造兵廠や数多くの軍施設を擁した小倉は「軍都」と呼ばれ、朝鮮半島や中国大陸との距離的な近さから、戦略の拠点となった。(森鴎外は、軍医時代には一時期小倉に赴任)
このようなことから、アメリカは軍都の小倉を原爆投下目標の一つに定め、1945年8月9日朝、原爆をのせた米軍機が、小倉上空に飛来したが、天候不良で視界が悪く、投下は長崎に変更された。

☆風船爆弾
太平洋戦争において大日本帝国陸軍が用いた兵器である。「ふ号兵器」という秘匿名称で呼ばれていた。
当時、日本の研究者に発見されたジェット気流(偏西風の流れ)を利用し、爆弾を気球に乗せ、日本本土から直接アメリカ本土空襲を行うもので、千葉県一ノ宮・茨城県大津・福島県勿来の各海岸から大量に飛ばされた。
風船爆弾は、神奈川県の登戸陸軍研究所で開発された。満州事変後の昭和8年(1933年)頃から関東軍、陸軍によって研究され、昭和19年(1944年)から実用化された。
生産個数はおよそ9300個。アメリカ合衆国本土に到達したのは9300個のうちおよそ1割強の1000個、異説では300ほどである。危険の少ない地域の上空で、飛来する気球がアメリカ軍戦闘機の機銃射撃により爆破処分されているものもある。
当初から明確な爆撃目標は無かったが、人的被害についてはオレゴン州での女性1人と子供5人がピクニック中に木に引っかかっている爆弾部分を触り、爆死した例が一つ確認されている。この事件は第二次世界大戦中にアメリカ本土で死者がでた唯一の事例である。
また、プルトニウム製造工場(ハンフォード工場、ワシントン州リッチランド)の送電線に引っかかり原爆の完成を遅らせたり、山火事を起こしたりと、人的被害以外では北米各地に効果が見られた。
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