ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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B-29への切り札、震電(しんでん)は福岡の九州飛行機で製作された

震電(しんでん)
第二次世界大戦末期、日本海軍が開発していた単発単座の試作局地戦闘機である。機体後部にプロペラ、機首付近に小翼を配した野心的な機体形状は「前翼型」と呼ばれるもので、B-29迎撃の切り札として期待されていた。昭和20年6月に試作機が完成。
同年8月3日、プロペラを交換し、垂直尾翼の下に補助車輪を付けた震電は脚を出したまま、水平飛行中に293.5Km/hの最高速度を記録し、初飛行に成功。その後8月6日、8日とテスト飛行は行われ、合計45分間の飛行に成功。しかし15日に終戦を迎え、その実力を発揮することはなかった。機体略号は「J7W1」。

当時、高度10,000mを凡そ570km/hで飛行する米国のB-29に対して、同高度で十分な速力を発揮できる日本の迎撃戦闘機は無かった。
そこで震電は、B-29迎撃の切り札として、またP-51を圧倒する性能を目的とし最大速度400ノット(約740km/h)以上を目標として開発された。また、将来的には陸海軍で共用される予定であった。
実戦での戦術としては、震電の快速を活かしB-29の前方に展開、高度12,000mから30mm機関砲4門を斉射。更に速力差を活かし再びB-29の前方に進出、2度目の攻撃を行うという手法が計画されていた。

Youtube 九州 十八試局地戦闘機 震電 (性能テスト時の動画)
http://www.youtube.com/watch?v=_YAej4Y4md4&NR=1
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