ヒストリア(歴史のネタ)

まさかまさか自分がblogを始めるとは・・・(苦笑)。 授業に使えそうな「歴史のネタ」を中心に書いていこうと思います。

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「旅の寿命」

この地に来たことを後悔していた。温度計は50度をこえている。下痢が止まらず、熱も引く気配すらみせない。マラケシュで飲んだ生水が悪かったのだろうか。手持ちの薬も、とうとう尽きてしまった。
医者のいないこのオアシスの村では、薬をもった旅行者が、運良くこの宿に来てくれるのを待つより他なかった。まとわりつくハエをはらいながら、故郷を離れてからの異国での日々が脳裏に蘇ってきた。
最初の3ヶ月は毎日が祝祭だった。好きな時間に目を覚まし,街を徘徊する。
その街に世界遺産があれば、時間をかけて歩く。夜は安宿のさまざまな国籍の旅人たちと杯を交わす。旅してきたルート、印象に残った国や街、話は尽きない。
相手が日本人であれば、読み終えたお互いの本を交換するのも愉しみのひとつだった。バックパックに詰め込んだ数冊の文庫本が人や風景と出会うごとに変わっていく。
しかし4ヶ月を過ぎたころからだろうか、遺跡を見ても以前ほどの感動を味わうことがなくなった。
「なぜ自分は旅するのだろう」と意識がどんどん内向していく。
自分のやりたいことを見つけられぬまま、旅が終わってしまうのだろうかという恐怖感。
旅に寿命というものがあるのだとすれば、すでに尽きていたのだろう。
モロッコのメルズーガはサハラ砂漠に飲まれそうな街である。サハラを見てから旅のケリをつけよう。そう自分に言い聞かせるようにして、ジブラルタル海峡を渡り、この地にやってきた。
フランス人がくれた薬が効いたらしく、徐々に体調が良くなってきた僕は、沢木耕太郎の「彼らの流儀」を読み始めた。このノンフィクションは、はさまざまな人たちの「生き方」が描かれている。一つ一つは短いコラムだが一人の人間の人生が凝縮された中身は濃い。その中の一つ「ミッシング」は、ひとり詠みながら手が震えた。インド、ネパールあたりを旅して、ある日突然消息を絶った息子。そして彼を探す親たちと作者の思い。その母の流す涙・・・・・・。
翌日、僕は旅行代理店に行き、日本へのチケットを購入したのだった。

蛇足:本日は勤務する高校の卒業式。天気は最高の晴れ舞台を卒業生達に用意してくれました。
   上記は、これも本日生徒に配布された学校の図書館報に寄稿した小生の駄文。
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Parisにおける作法とは?.txt

引用:「都と京」酒井順子
生まれて初めてパリに行ったとき-とはいっても三十歳は過ぎていたわけですが―パリに住んでいる友だちから言われたことがあります。それは「お店に入った時は必ず『ボンジュール』、出る時は『オー ルヴワール』って言った方がいいわよ」ということでした。
何でも、「日本人の観光客って、よく『パリの人って何か冷たくて嫌な感じだった』みやいなこと言うけど、そりゃ無言で店に入って無言で出て行ったりすれば冷たくもされるわよ」なのだそう。
私はフランス語を全く理解しない者なのですが、その教えだけはきっちり守りました。たとえ買う気が全く無くとも、店に出入りする時は絶対に、店の人に聞こえるように『ボンジュール』及び『オー ルヴワール』を言うようにした結果、確かに嫌な思いは一度もせずに済んだのです。
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